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まだ、朝に外来でのお祈りは続いています。
仕事後に教会に行く職員も多くいます。
クリスマスイブは21時に教会に行って、歌ったり祈ったりを次の日の3時頃
まで行い祝うそうです。

これらによく誘われます。
断ると「なんで?キリストを信じてないの?」など驚かれることが多い。
同じキリスト教でも宗派が分かれているみたいですが、周りの同僚はみんな
キリスト教です。

ちょろっと気分で参加する事は何度かありました。
でも、しつこく強制されるととたんに行きたくなくなる。。。

キリスト教が嫌なわけではありません。三浦綾子さんの本を読んでも、こういう
考え方ができればなぁと思う。
ただ、一神教ではなく百八万の神=多くの神様がいるという考えの方が好きです。
自然、食べ物、物にも神様は宿っているから大切に扱いましょう。のような。
また、神様に座席はなく外国の神様もどの神様も大事にしましょう。のような。

でも、この考えは日本独特なんだろうな。
クリスマス祝って、次の週には神社行くもんな。

『人類史上最大のトリックは、人々に神がいると信じさせたことだ』というフレーズ
を見たことがあります。

誰も見たことないけど、信じることや願掛けすることで気持ちは落ち着く。

日本にいた時は意識しなかったけど、ここでは信仰心にふれる機会が多いです。

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 コメント
この記事へのコメント
アフリカは長年白人の植民地だったので、キリスト教信者が多いのでしょうか?そんな歴史の上でのキリスト教信者だとしたらちょっと悲しいですね。
一神教に馴染めないのはやっぱり日本人独特の考え方ですね、日本に住んでいれば何も感じませんが・・・そんな日本の神道を外国の方は理解に苦しむみたいですね。

引退してしまった島田紳助が言っていた言葉で、「仏壇やお墓に供えてある花は拝む人のほうを向いている。もし仏壇やお墓に仏さんがいるのなら、仏さんに対して花が背中を向いていることになる。これは拝む人の中に仏さんがいるということ。心が荒れているとき、すさんでいる時に人は仏壇やお墓を拝もうなんて考えない。拝もうと思う心の中に仏さんがいるのだ。」
島田紳助は高校が仏教の高校だったみたいです。けっこう目から鱗でした。

まあイスラム原理主義やオウム真理教みたいな偏った思想でなければ、どんな宗教でも根っこは同じものかもしれませんけどね。

長文失礼しました。
2011/12/18(日) 03:22 | URL | ファンタグレープ #-[ 編集]
ファンタグレープさんへ
調べてみると、植民地時代にキリスト教は伝わったそうです。
一神教は自分が信じている神が絶対なので、多神教を理解する事は
難しいですよね。
価値観が違うので、宗教の話になると笑ってごまかします。笑

確かに、仏壇やお墓の花は拝む人の方を向いていますね。
拝んでいる方の心にも仏さんがいるんですね。

私も、どの宗教でも宗教の根っこは同じだと思います。
2011/12/22(木) 15:29 | URL | あき #-[ 編集]
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